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日記
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人と動物の組み合わせが好きです。
硬めの表現とかちゃんとした三人称的な文とかをめざしてみたけど、柔らかい文って評価が出た。ロ.ゴ.ー.ンおもしろい。
会社の人と不思議な猫の本当になんでもない話。












 柳井(やない)には最近、変わった友人がいる。
 とは言っても、それは柳井がかってに友情を感じているだけである。向こうにしてみれば覚えのない人間、とは言わないまでも、最近見かける道ばたの人間といった程度の認識かもしれない。
 それは、真っ黒な猫である。
 出会いは高いビルとビルの間で空がせまく切り取られた、人気のない路地裏だった。
 柳井の勤める会社は、名の通った大手保険会社である。大きな敷地に高いビルが建ち並び、残ったスペースには植木や花壇、芝生などが整備されている。ベンチも所々に置かれていて、昼時には幾名かの女性社員が弁当を広げていたりする。
 そんな企業戦士の憩いの広場を目前とした、何もない、通路ともいいがたい隙間の空間だった。
 柳井には一人を好むところがあった。付き合いの悪い人間というわけではない。上の人間からはたまに使いにくいと評価をされるが、部下からは有能な上司として尊敬と信頼を集める、そんな男だった。だが上司におもねりもしなければ部下に不用意にへりくだることもしなかった。飲みの誘いを断らない代わりに積極的に場を和ませる努力は労しなかった。人付き合いを避けない代わりに自分から必要以上に親しむこともなかった。そしてもちろん、弁当を広げる華やかな女性社員の中に入って自分も手作り弁当を披露するたぐいの人間では決してなかった。孤独を気取らない代わりに一人を厭わない人間であったのだ。そんな柳井は、騒々しさから離れたいとき、しばしばこの通路に足を向けた。全く人を見かけない、賑やかさから取り残されたこの通路は、思考を丸投げするにはうってつけだったのだ。ふと時間が空いた、考えをまとめたい、喫煙室に足が向かないなど、ちょっとした理由を見つけてはここに来て煙草に火を付け、ぼんやりと狭い空を見上げる。それが柳井のささいな習慣だった。
 そんなある日のことだった。
 午前中の休憩時間だった。柳井はそのときはスーツも気にせず座り、煙草の火を付けて一息ついたところだった。
 ふと気づくと、柳井よりやや通路の奥、室外機の上に、黒い猫が座っていた。
 消炭の、きれいな黒色の猫だった。猫らしくつと背を伸ばし座る様は優雅だった。そして両の大きな金色の目は、じぃ、とこちらを見ていた。
 柳井が視線を向けても、猫は微動だにしなかった。猫からは何も感じなかった。人への緊張も警戒も媚びも無関心も感じられず、ただ静けさと存在感だけがあった。
 猫は柳井をじっと見ていた。柳井も猫をじっと見た。こちらに向けられた金の目は大きいが鋭く、可愛らしさよりも精悍さを感じさせた。なかなか男前な猫だな、と柳井は思った。その猫が雄か雌かなんて柳井には分からないけれど。
 気付くと休憩時間が終わりになり、柳井は煙草の火を消して立ち上がった。猫はやはり警戒も媚びもせず、動かなかった。ただついと視線と顔を柳井に合わせて動かしただけだ。
 柳井はそのまま通路をあとにした。猫は一声も鳴かなかった。


 それから、しばしば猫は路地に現れるようになった。
 路地に行くと、すでに猫がいて座っているときもある。逆に途中から猫がやってくるときもあった。そんなときは路地の奥からとことことやってきて、音もなく空気のように室外機の上へと飛び乗る。
 静かな猫だった。猫独特の機敏さというか、こちらが動けば跳ねて警戒するような、そんな瞬発的な動きとは無縁に感じられる猫だった。ただ静かに、空気にとけ込むように動く。ふと目をやるといなくなっていることもあった。
 最初の邂逅以来、猫はじっとこちらを見ることはなかった。ただ姿勢良く座っていて、時々ちらりと金の目を向けるようだった。そして、猫は室外機から一歩たりとも柳井の方へ寄って来ようとはしなかった。その不思議な黒猫が鳴くことも、無かった。
 そうなると、柳井には猫を煩わしく思う理由がなかった。寄らず、離れず、こちらを邪魔せずにただ空気のようにそこにいる猫。何故彼(または彼女)がここにいるのかはわからない。ここは会社の敷地内だけあって汚くはないが花もベンチもない、本当に何もないただの「ビルとビルの隙間」なのだ。餌をもらいに来ているわけではないようだった。休んでいると考えるには、猫からは弛緩した気配は感じられなかった。
 それだけは疑問だったけれど、柳井にはこの猫のいる空気が嫌いではなかった。
 度重なるにつれ、この騒々しさを忘れてきたような場所を共有する同志のようにも感じていた。柳井は決して独断と強行を行う上司ではなかったが、部下からは孤高であるとの印象を持たれていた。それは柳井の行動ではなく、ありようによるものなのだろう。その点、黒猫は柳井に似ていたのかもしれない。猫は自分以外を不必要に頼ったり傷つけたりするようには見えなかった。その黒猫は独りよがりな孤独は似合わずとも大勢の中の孤高は似合った。要は柳井は、この静かに存在する猫を厭ってはいなかったし、またいなかったら少々寂しいような気もしたのだ。それくらいには猫は、この静けさに馴染んでいて、柳井も猫のいる温度に馴染んでいた。


 柳井が、猫との距離が変化したと感じたのは、それからまたしばらく経ってからだ。
 その日、柳井は少しだけ困っていた。料理好きな女性社員から、マフィンを差し入れとしていくつかもらったのだ。
 甘いものがさほど好きではない柳井に配られたのは、野菜が練り込まれたものだった。だが、柳井はこれをもてあましている。
 理由はただ単純で、柳井はこれらを食べきる自信がないのだ。
 柳井は、成人男性としてはかなり小食である。女性にしてもどうかと思うくらい食が細い。油も好きではないし、肉も好きではない。それでいて柳井は痩せているとか小柄だとかでは断じてなく、身長は平均をやや超えたあたり、体重も平均程度、体格もメタボな同僚に羨まれる程には筋肉がついてひきしまっている。つまりはエネルギー変換の効率が良すぎるのだろう、一日の熱量を補うには少しの食事で事足りてしまうのだ。それゆえ柳井は量を食べるのが苦手である。
 今はちょうど太陽が頂点を過ぎた頃、つまりは昼を食べたばかりだ。
 人付き合いが淡泊であると認識している柳井ではあったが、さすがに部下からの貰い物を捨てたり丸々人に譲渡してしまうほど良心が麻痺している人間ではない。かと言って三十間近の柳井には連れ添っている人もおらず、焼き菓子を分け合うような間柄もいない。
 せめて一つくらいは食べて感想を言うべきだろう、残りは夜にでも食べよう、そう決めてマフィンを割ったときだった。
 ひょいと、黒猫が室外機に飛び乗るのが視界に入った。
 柳井の様子がいつもと違うとでも感じたのだろうか。猫は、壁に背を預けて座る柳井をじっと見下ろしている。
 口に放り込んだマフィンのかけらは、かすかに甘さが残る口当たりの良いものだった。美味しいのだが、しかしやはり胃が重い。煙草の代わりに持ってきたタンブラーからコーヒーを流し込む。
 だから、それは柳井のほんのささいな気まぐれだったのだ。

「-――食うか?」

 なんとなく、初めて見たときのようにじぃっとこちらを見つめる猫に、声をかけてみた。かけたあとで人間の食べ物は与えては駄目だったのだろうかとかなんとか考えたが、猫はしばらくじっと柳井を見つめたあと、音もなく室外機を飛び降りた。初めて室外機を超え、柳井の方へ。
 それに柳井は声をかけておきながらいささか驚いた。
 しかし猫は飛び降りたものの寄ってくるわけではなく、そのまま柳井を見つめている。いや、見つめていると言うよりは困っているようにも見えた。どことなく所在なさげだった。いつものすっと背を伸ばした姿ではない、耳も少し下げているそれは。柳井を警戒しているというより、まるで遠慮でもしているようだった。
 その、柳井を伺うような様子に、柳井は目を瞬かせた。-――もしかしてこの猫は、頑なに一定の距離を保っていたのは、それが互いの干渉しない距離だからでは無かったのか。この距離を崩そうとしなかったのは、ここを柳井の場所と認識してそれを尊重していたからなのか。柳井が煩わしくない距離を望んでいたからなのか。考えすぎだと自嘲したくなったが、それを振り払うには猫の目には理知が富んでいた。

「ほら」

 柳井がマフィンの欠片を差し出すと、猫は大きな目をさらに大きくした-――ように見えた。耳を立て、そろそろと近寄ってくる。やはり音もなく。そして、柳井がつまんだマフィンに歯を立てた。
 食べかすも落とすことなくきれいに食べる様子に、柳井は器用なものだと感心した。

「うまいか?」

 柳井の声にまるで返事をするように、猫は初めて、なぁ、と鳴いた。


 次の日、柳井がいつもの通路に行くと、そこに猫の姿はなかった。代わりに、いつも柳井が座ったり立ったりしている位置に、緑色が落ちていた。
 何だろうかとかがみ込むと、それは四つ葉のクローバーだった。たまたま落ちているものではないのは明白だった。わざわざ葉を避けて、茎の部分に小石が置かれている。まるで風で吹き飛ばされることを恐れたように。
 四つ葉をつまみ上げて、柳井はふとこれはあの猫が持ってきたのだろうかと思った。次の瞬間にはまさかと失笑しつつも、柳井にはそれ以外にクローバーが落ちている理由が考えられなかった。
 それにしてもどうして四つ葉のクローバーを置いていったのか。柳井はもしかしてと思う。もしかしてこれは、昨日のマフィンの礼なのだろうか。あの黒猫は、柳井の領域を侵すこともためらう猫は、柳井への礼にわざわざ四つ葉を持ってきたというのか。
 なんて律儀な猫なんだ。柳井は声を出して笑った。













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