日記
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もう一つ、小話。ちょっと長くなったけれど。
別に、宗教について議論を交わそうとか全くそういうものではありません。念のため。
けれど特定の宗教について一家言ある方は見ない方が良いと思います。念のため。
ときどきサイトの隅っこに顔を出すオウギとルーディの話。
彼らが旅をしているその世界で、この先、起こりうるかも知れない一つの未来について。
彼らにあるまじきシリアス。
「なんだって?」
その無様な声が自分のものだなんて、信じたくもなかった。
「今、なんて言った・・・・」
あまりにも間抜けな声が出た。そんな自分に呆然としながらも、ひどく渇いた口と思考は、嘲笑の一つも浮かべてはくれなかった。
そして弟も、そんな醜態をさらす普段にあるまじき情けない自分を、笑ってはくれなかった。
「真実、だ」
弟は、酷く苦しそうな顔ではっきりと言った。彼はずっと最初から、痛みを堪えるようなひどい顔をしていた。
「すでに神の矢は放たれた。地上には疫病が満ち、多くの人が死に絶える」
ルーディは立つのもおぼつかない程の目眩を感じた。
脳裏を焼き尽くす、真白い焦燥と苦痛。まるで突然、呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだ。
五感が引き裂かれる錯覚に耐えきれず、ルーディはきつく目を閉じる。
それでも耳鳴りは止まない。先程の言葉が、呪いのように耳の奥で繰り返す。
なぜ、今頃。
神の使いたる弟が袂を分かった自分に、それこそ人には永遠にも等しい時間を裏切り続ける自分に、これから起こることを教えてくれたのは、彼も思いを同じくしたからだろうか。
なぜ、今頃になって。
神の裁きを下すというのならば、それこそこれまでにいくらでも機会はあった。すでに神の管理を離れ幾星霜、人は独自の道を歩み、文化を成し、歴史を築いている。
以前のように箱庭として手元に閉じこめるには、人はもう遠いところまで来すぎているのだ。
あの「大戦」の直後ならまだしも、もう今頃、何をしたって支配は元には戻らない。
ひっくり返した盆からこぼれ落ちた水は、すでに大地へとけ込み、大河となってしまったのだ。
僕が「神」ならば―――ルーディは全く意味のない仮定を、それこそ人の支配も自分の支配も厭ったが故に反旗を翻した彼が、支配者についてこの世で最も無意味な仮定を考える。
僕が「神」ならば、まず目を離してしまったあの段階で不穏分子を一掃する。それから作りなおす。もう一度、都合のいい箱庭を。そうでなくば、放っておく。信仰は力だ。元より神によってお膳立てされたこの世界、何をせずとも神への信仰は消えはしない。他に、「神」なんていないのだから。
現に、神は後者を選択したのではなかったのか。だからこそ、今まで何も手出しをせずに放っておいたのではなかったのか。
どうして、今頃になって。
―――答えは、おそらく出ている。だからこそ弟は苦しそうな顔をしていたのだし、自分にすぐ間近の未来を教えてくれたのだろう。
元より、深い意味なんて無いのだ。
狂っていると、ルーディは絶望にも似た息苦しさを覚えた。
これから、世界は未曾有の混乱に包まれるだろう。未知の病に為す術もなく人々は倒れるだろう。恐怖と苦しみに悶えながら、絶望して死んでいくだろう。
それが分かっているのに、ルーディには手を出すことはできない。
ルーディは神でも何でもない。自分のためだけに力を持つ、無償の奇跡なんて起こせない、ただの無力な悪魔なのだ。
ルーディは人が好きだ。生き物が好きだ。時間が流れて生死が変わり、それでも受け継がれていく形無き「意志」を見るのが好きだった。今までの悠久の時間をただ旅をすることに費やし、世界が変わる様を見届け続けるのが、ルーディの自ら選びとった生き方だった。
だから、ルーディは思う。なぜ僕はこんなにも無力なのか。僕にはただ見届けるしかできないのか。これから起こることを知っているのに。
人が死ぬのは、悲しい。必死に繋いできた意志の糸を途切れさせてしまうのは、辛い。苦しい。
今まで見たきたものだから。大好きな、ものだから。
けれど、それよりも何よりも。心が絶望で凍り付いてしまいそうなほど恐れているのは、たった一人の人間が死ぬことだった。
いつからこんな、不平等な存在になってしまったんだろう。
全ての人が死に絶えるより、ただ一人が死ぬことの方が恐ろしくてたまらない。
ルーディが弟から話を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、自分を対等に扱ってくれる、ただ一人の、人間の親友だった。
酷い顔をしている自覚はあった。弟が帰ってどのくらいの時間が過ぎたのか、まるで馬鹿の一つ覚えのように立ちつくしている僕を、オウギ君は不思議そうに、けれど心配そうに覗き込んできた。
弟と会ったことを心配してくれているのだろう。オウギ君は、優しい。普通に、ただ平凡に、優しい。
その当たり前の優しさに、どれほど救われたことだろう。
僕は立っていられなくなった。とっさにオウギ君の腕を掴むと、オウギ君は慌てたように身体に力を入れてバランスを保った。そのまま何か言ってくるけれど、聞こえない。オウギ君の声が、あまりにも遠い。
声が聞こえないまま、僕は口を開いた。
ごめん。ごめん、オウギ君。
僕は今から、最低のことを言う。
「オウギ君、約束してくれ。これから先、何があっても、何が起ころうとも僕の側を離れないで。絶対に僕の側を離れないでくれ。僕の側にいれば何も起こらない、僕の側にいさえすれば大丈夫だから。何も心配することはないから、だから・・・・」
滑稽なくらい必死にすがる様は、他人からみたらひどく惨めだろう。突然わけの分からないことを言いだした僕に、オウギ君が混乱する気配が伝わる。戸惑った様子で見下ろしているだろうオウギ君を、僕は怖くて見返すことはできなかった。何が大丈夫だ。自分の言葉に反吐が出る。顔を上げないまま掴む手に力を込める。何がなんだかわかっていないオウギ君は、けれど優しいから、分からないままに惨めな僕を笑わずに、最後には言葉に頷いてくれるのだろう。
僕は卑怯だ。全ての他の人は見捨てて、オウギ君だけを助けようとしている。
けれど、僕は知っている。彼は知識欲の塊なのだと。彼からそれを奪ったら生きていけなくなるくらい、空気と同じ、ともすればそれ以上に大事なものなのだと。
オウギ君は優しい人だから、オウギ君の行動には正義感や同情も大きい。けれど、それを覆すほど何よりも彼を突き動かすのは、命の危険をなお上回って余りある、強い強い好奇心だ。
知っている。臆病に、必死で目を背け続ける未来に気付いている。彼は一人守られているだけで頷ける人間じゃあない。きっと、自分から疫病の中に飛び込んでいくだろう。未知の病気相手に、人を治療し、研究し、原因を暴こうとするだろう。それができるだけの知識と技能と能力を、彼は不公平に持ち過ぎているのだ。
そうして、好奇心は猫を殺す。
まだ、待ってくれと祈る神すらいないまま、願う。
いつかはオウギ君は死ぬ。そんなことはわかっている。先に必ず訪れる別れを知りながら、それでも彼と友達でいたいと思ったのは、他ならぬ自分だ。
でも、まだ待って。
まだ準備なんかしていない。悲しみに耐える用意なんか全然できていない。まだもっと時間がかかるんだ、裂けるような悲鳴と痛みを飲み込むには、ひどく長い長い月日が必要なんだ。そんな突然、目の前に突き付けないでくれ。そんな、想像するだけで自分を見失ってしまいそうな程の底の見えない絶望を。止めてくれ。頼むから。
お願いだから、どうか。
幾多の人々が死人と手に手を取って踊る中。
オウギ君は、間違えずに僕の手を握りしめてくれるだろうか。
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とある神のおわします世界の話。
別に、どの宗教とか特定してるわけではありません。念のため。
そう言えばペストの被害って、3分の1と言われていましたけど、半数近くが亡くなったという説も有力になってきているみたいですね。話とは全然関係ないですけれど。念のため。
そう言えばペストって神の怒りだと考えられ、絵画では神の矢で描かれることも多かったそうですね。話とは全然関係ないですけれど。念のため。
そう言えばペストの時代って、死者と踊る生者の絵(ダンスマカブル)が描かれましたよね。話とは全然関係ないですけれど。念のため。
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